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藤下さんの「自転車生活」VOL.452

■忌野清志郎さんのNHKの番組の再放送が決まりました


BSプレミアムカフェで5月3日と4日に、15年前に収録した忌野清志郎さんの「ツールド奥の細道」が再放送されます。
当時は地上波のNHKでも、BSのNHKでも何度か放映されました。
再放送の日は、5月3日は朝9時から、5月4日は深夜12時45分から放送されます。
内容は東京の新葛飾橋をロードバイクでスタートして、松尾芭蕉の辿った東北各地を10日間巡るという。
いまで言うと「こころ旅」と「鶴瓶の家族に乾杯」と「純さんぽ」の要素を合わせて
それに、歌いたい歌を1曲歌ったみたいな番組でした。それで内容のイメージが分かるかな〜!。

ただただロードバイクで自転車が大好きなロックンローラーが
心地良く東京から走り始めて東北を走りまくる姿と、たまたまそこに居合わせた地元の人との出会いを追うドキュメンタリーのような
出演者の台詞も少なく、表立って特別なメッセージ性も感じない、キヨシローさんがただ走るだけという
とても不思議な長編のロードゴーイングムービーです。
この番組のラッシュを見たキヨシローさんは、原子力発電所の事故とか、排出する核汚染物質の保管場所選定の話とか。
北朝鮮の拉致問題や軍事的な開発。
走りながら色々考えたことを話しましたが、もっとも印象的だったのは「平和だからサイクリングできるんだよね」でした。

いつでも自分の子供を助けられる体力を維持しておきたい
という思いで忌野清志郎さんが50歳でロードバイクをオーダーして始めた、体力作りのためのロードバイクでのライドでしたが
ロードバイクのフレームの重要性、パーツ選びで走りが変わること、クリートの位置、サドル選びや設定する位置
ハンドルやステムの設定、ブレーキレバーのブラケットの形状や固定する位置など、ポジションの重要性に気付いていました。

そして、1日ライドできる時に走る距離も、100kmから200kmとなり、無理なく走るには日頃どう走ると体が進化するのかに興味を持っていました。
どうすればいいのとよく質問されるので、まずは、LSD(ロングスローディスタンス)でしょうと
ゆっくり長く走って毛細血管を増やすトレーニングを知って
ただがむしゃらに走っているだけではダメなことは分かったけど、実際にはどうすればいいのということで
当時は筑波大学のトライアスロン部のスーパーバイザーだったので、博士課程で研究していた部員に頼んで
ついには筑波大学の運動生理学のラボで、バイクのトレッドミルでコンコーニテストを受けて
オールアウトまで段階的に負荷を上げながら、耳から血液を採取して乳酸値の変化をチェックして
VO2マックスを測って、有酸素運動能力を高めるトレーニング運動強度の区分を正確に把握して
LSD のターゲット心拍数を算出して、ポラールの820シリーズの心拍計を腕に着けて
運動強度を管理して走るようになりました。
自分の力で走るロードバイクのライドの面白さにはまってしまったロックンローラーでした。

コンサートのステージやテレビ局やラジオ局への移動にもロードバイクでするようになって
いつしか移動用のベンツのステーションワゴンの屋根にはスエーデンのスーリーのフロントフォークエンドと後輪で固定するタイプのルーフキャリャを、マネージヤーさんと一緒に組み立てて、2台分付けました。
クルマでの移動も、いつでもロードバイクを持ち歩けるようになっていました。
マネージャーさんは大変だったでしょう。
都内に点在する放送局や音楽スタジオへの移動は、キヨシローさんがロードバイク、マネージャーさんと身の周りのものはステーションワゴンで移動ですから。
ギターなどの楽器やアンプや衣装は、専門のスタッフがワゴン車などに満載して先に搬入しているわけです。

局側が番組に合わせて衣装のコーディネーターを使い、番組の打ち合わせをして
ステージやインタビュー用の衣装が選ばれて、用意されていることもあります。
ツールド奥の細道の収録は、キヨシローさんを10日以上拘束するスケージュールでした。
ボクはキヨシローさんの個人事務所からのご紹介で、NHKのNディレクターとのお話し合いになり
キヨシローさんが10日間走るのを、メカニックとトレーナーとしてサポートして欲しいという内容でした。
その頃はオリンピックへ向けたトライスロン選手のバイクコーチ兼任のメカニックをしていたので、10日間もスケージュールを開けるのは難しい状況でした。

NHKから収録の取材許可のおりた「ツールド奥の細道」を紹介する雑誌の取材のインサイドレポーターも依頼されました。
というわけで、この仕事を引き受けることになりましたが、打ち合わせに参加してみると
入念なロケハンはすでにNHK の関係車によって行われていて、走るコースは決まっていました。
自分の息子が雪山で遭難したのを救出した、マタギの人との出会いが決まっているだけでした。
でも、キヨシローさんが東北を走って、どこかに立ち寄って、出会う人物の仕込みが行われている分けではなく
番組の内容が細かく固まっている分けではありませんでした。

1日目は東京からここまで走りましょうか、走れるのかな?、的な、ふわっとした打ち合わせ内容でした。
栃木県の日光へ向かって走るキヨシローさんとデローザのロードバイクで一緒に都内をスタートしたのが、自称「出たがり屋」の紅白歌合戦のN ディレクターでした。
撮影スタッフの車載カメラを積んだロードバイクも同行しています。
番組の冒頭の都内を走るシーンで、ロードバイクでごろりと転倒するのが
まだビンディングペダルに慣れていなかったはずのN ディレクターです。
いくら体力に自信があっても、買い立てのロードバイクでいきなりキヨシローさんと走るのだからチャレンジャーだなーと思いました。

マネージャーさんによると、キヨシローさんには趣味をみつけてはのめり込み、数年たつと飽きて止めてしまうという傾向があるのだそうです。
その始めた趣味を面白がって一緒にやる人を気に入るそうで、お灸やホラ貝吹きとか、色々やってきたそうですが
だいたい数年で止めてしまっていたようです。
ロードバイクで走るのもそういう趣味の1つとして、どうせ数年で止めるのだろうと思っていたようですが
バイクライドにはどんどんのめり込んで行ったそうです。
ステージに自転車で登場したり、周りのスタッフやバンドマン、芸能人なども巻き込んで、一緒にロードバイクを手に入れて走るようになっていました。

ロードバイクを手に入れて、必死で付いて来るNディレクターのことを、一緒にこの趣味を面白がってくれる人と認識したようで、キヨシローさんはNディレクターを気に入ったようです。
この番組の収録の後でも、一緒につくばの周辺を走っています。
一緒のライド中、団子石峠の20%越えの激坂をぜいぜいハアハアと上っている最中に
N ディレクターの携帯電話が鳴って、ドラマ部門のスタッフからのオファーの電話を受けて
それがきっかけで、脚本家がキヨシローさんのために書き下ろしたという「サラリーマンのドラマ」という
NHKの連続ドラマの主役として出演したり、テーマソングを作ったり歌ったりすることになりましたから。

「ツールド奥の細道」の収録には多くのスタッフが関わっていて
クルマだけでトヨタのコースターというロケバス1台、放送プロダクションの撮影機材車のバンが1台
番組にもちょこっと登場するルーフキャリヤや工具や予備機材を搭載した
ボクが運転する白いステーションワゴンのサポートカーが1台の3台体制でした。
10人以上のスタッフが働いていました。
10日間の収録の中で、仙台では強風と豪雨の大嵐にあいました。
さすがに走れないので、多賀城市の針灸師でありトライアスリートの金澤廉太郎先生と知り合いだったので
治療院でキヨシローさんの疲れた体をほぐしてもらいに行きました。

翌日は松島まで一緒に廉太郎先生が走り、「いやしの歌」を生歌でプレゼントされていました。
清涼飲料のコマーシャルソングに採用された曲だったので
ずばり、そのメーカーのコーヒー缶が、コマーシャルのない放送局に対するいたずらで
キヨシローさんが歌う足元にそっと置かれていました。
こういういたずら心があるんです。
ボクもホノルルセンチュリーライドの帰りなどに、30cmモンキーを機内持ち込みの手荷物に入れられていて気付かず
セキュリティーを通ろうとしてエックス線で見つかって、カウンターに戻って預けるように言われたりなど
ときどきいたずらをやられました。

他のサイクリング番組の収録はどうか知りませんが
この番組では、仙台まで、キヨシローさんは毎日、100km以上ロードバイクで走っていました。
もちろん最終日のゴールまで、雨の中も全行程を走りきりました。
10日間もただロードバイクで走るというドキュメンタリー番組みたいでした。
このカメラを回し続けた膨大な素材をNディレクターはどう料理するのだろうと思いました。
キヨシローさんが標榜していた「ラブ&ピース」に溢れる画面が展開されます。

お時間があったらぜひ見てください。
ではでは。

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